ごんぎつね
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ごんはその後どうなったのだろう・・・・・

そう、兵十とごんはその後もいろいろな事がありました
鉄砲で撃ってしまったあとで気づいたごんのやさしさ
母を思う兵十のやさしさ・・・
お互いにここまできてやっとそれを知ることができたのでした。


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まだ煙と火薬の匂いが残る鉄砲を土間に落とし
がっくりと膝から落ちた兵十の目の前にはただ動かないごんが
横たわっているだけでした。
兵十の目からは大きな涙がぽとぽとと土間に落ちました。
「ごん!   ごん!    」 とだけささやく兵十でした。

あたりは少しずつ日が翳りはじめていました。
しばらくして思いついたように銃を拾い上げ立ち上がるとそっと入り口の戸
に手をかけ、切れた障子の隙間からそっと外を見ました。
そして戸を開けると走るように納屋に入りました。
鉄砲をまたもとの場所にかけると傍に積んであった藁薦一枚と小縄一把を小脇にかかえると
また走って家に戻りました。
ごんはさっきと同じ様にじっと横たわっているだけでした。

遠くで「おーい兵十!」ど誰かが呼んでいるようでした。
兵十は慌てて外に出て見ると向こうの川の堤でこっちを向いている加助が見えました。
「ど、どうしたんだ加助」とあわてて返すと「いやぁちょっと通りかかったんだ、またな-」
といって帰っていきました。
加助が小さくなるのを見届けるとまた入って戸を閉めました。
兵十は自分の心臓がとんとん鳴っていることに気づきました。

兵十は土間に藁薦を広げるとその上にごんをやさしく抱きかかえるように寝かせ
包んで小縄で自分のせなかに縛りました。
外は夕方になっていて赤い夕日が横からすじのように遠くの山々を照らしていました。

そっと戸を閉めるとあたりを見回してから堤の下道を早足で歩き始めました。
小川に沿って山に続く細い道は草が茂っていて歩きにくかったのですが
夢中で歩き続けました。
道は少しずつ昇り坂になってきました。
夕日に照らされて光っている額の汗を袖でぬぐいながら山へ山へと歩き続けました。

一時間ほど来て立ち止まり振り返ると森の切れ目から
夕暮れに包まれた村々の家並みが小さく見えました
もうしばらく奥に入ると道はもっと細くなりあたりは日が翳って薄暗くなっていました。
そこには昔から小さな洞穴がありました。藪の生い茂った奥に兵十が子供のころ
遊んだことがある洞穴がありました。

そこまで分け入ると兵十は立ち止まりしゃがみこみ小縄を
解いてそっとごんを草の上に降ろしました。
雨にあたってはいけないと思い洞穴の入り口から少し入ったところにごんを置いて
何度も枯葉を集めて来てはごんにかけてやりました。
しばらくじっとしゃがみこんでいた兵十が立ち上がったころ、もうあたりは薄暗く
なっていました。
「ごん、ごめんな、本当にごめんな、ごん」そうつぶやいた時、兵十の目からは
大粒の涙がぽろぽろとこぼれおちました。
そしてその場を断ち切るように兵十は走り始めました。
薄暗い坂道をまるで転がるように走りました。
遠くに村々が見降ろせるあたりまできて兵十は立ち止まりました。
村の明かりが小さく星のようにみえました。
兵十はもう一度振り返り「ご〜ん!」と大きな声で叫んでまた走りだしました。

やっと家にたどり着いたころ、もうあたりはとっぷりと日が暮れていました。
帰った兵十は柄杓で水を汲んでごくごくと飲んだあとがっくりと腰をおろし
明かりも点けず、ず〜っとそのまま動けませんでした。
夕飯を食べることもなく朝までいろいろ考え眠れませんでした。

朝日が家の障子を照らし始めていました。朝方になって少しは眠ったのでしょうか
兵十はぼーっと何かの抜け殻のような朝を迎えました。
ごんが最後に持ってきてくれた栗がまだそのままになっていました。
それを見て兵十はまた小さな声で「ごん!」とつぶやきました。

季節は駆け足で冬へ向かっていました。
山郷はあっという間に雪がちらちら舞うようになってきました。
「あの洞穴のあたりはもう雪になったかなー」・・・あれからずっと考えていました。
「そうだ、積もる前に様子を見にいってこよう」
兵十は首に手ぬぐいを巻いて山道を歩いていきました。

森の木々はほとんど葉が落ちてしまってあの時とは景色が大きく違っていました。
兵十の心は重かったのですが、ほんの少しの希望をもっていました。
洞穴がずっと向こうに見える所まできて兵十の足が止まりました。
このまま戻ろうかと思いました。しかしまた歩み寄り少し手前から洞穴の中の
自分がごんにかけてやった枯葉の山のあたりをのぞき見ました。

兵十は「あっ!」と声をあげました。そして傍まで歩み寄り葉っぱのところをみました。
「ごん!」・・・・・
盛り上がっていたはずの葉っぱと兵十が掛けておいた藁薦はそのままでしたが
ごんの姿はどこにも見当たりませんでした。
兵十はいま自分の目に映っていることが信じられませんでした。
どうしていいのかわからずしばらくじっとしていました。
兵十はいろんなことを考えながらまた今来た道を歩き始めました。
途中何度も何度も後ろを振り返りましたがごんの姿はどこにも見当たりませんでした。
まもなく冬がきて山々は真っ白な雪に覆われました。
兵十は毎日あの洞穴のことを考えじっと長い冬を過ごしていました。
ごんが持ってきてくれた栗を竹笊に入れていつも眺めていました。

長い冬も終わり村々はまたにぎやかな季節を迎えていました。
兵十や加助たちも田んぼや畑で毎日忙しい日々をおくっていました。
でも兵十の心の中からごんのことが消えたことはありませんでした。

・・・・・そしてあれから二回目の春を迎えたある日加助がやってきて
いろいろな話をしました。
「このあいだ、山懐の畑になー」 思いつけたように加助がきりだしました。
「なんだ?」と兵十がききかえすと、「最近子ずれのきつねがでるんだそうだ」
「ふ〜ん」と兵十がいいました。
加助が付け加えました。「なんでも親きつねの一匹は足が不自由なんだそうだ」
「後ろ足を引きずって歩いているんだそうだ」「可愛そうになー」と続けました。
兵十は一瞬ドキッとしました。
ごんだ、きっとごんに違いない、生きていたんだ・・・と思いました。
「そ それはどこなんだ加助!」とあわてた様子でききかえしました。
「おまえどうしたんだ?」と加助が不思議そうに兵十の顔を見ました。
「い いや、別に・・・珍しい話だからなー」と普段を装ってながしました。
「ごんは生きている」と兵十は心の中でつぶやきました。
あの日山へ走った時、背中のごんはまだ暖かかったと兵十は覚えていました。
「びっこのきつねの親子だなんておもしれー話だなー」と急に笑顔で話す兵十に
加助は「おまえ、変なやつだなー」ともう一度兵十の顔をみました。
世間話をして加助が帰ったあと、兵十はずっとごんのことばかりを考えていました。

兵十はどうしてももう一度ごんに会いたいと思い何度も山へ足を運びました。
しかし何度いってもきつねらしいものに会うことはできませんでした。
また秋がやってきました。兵十は山へやってきてはごんのことを思い出していました。
それが暇な時の兵十の日課のようになっていました。
今日も山へやってきて落ち葉の上に落ちている栗を拾って帰る途中
ふと山懐の小さな川原に目をやると何か動くものが見えました。
遠くてよくみえませんでしたが確かにきつねのようでした。
手にもっていた栗がぱらぱらと地面にこぼれ落ちました。
兵十は急いでそれを見失わないように藪のはじに駆け寄り背伸びをして
見下ろしました。
それは子きつねを連れた三匹のきつねの親子でした。
先頭に親きつね、真中に子きつね、一番後ろから足の不自由な親きつねが
水のほとんど無い川原を渡っているところでした。
身を乗り出してみている兵十の目にはそれがごんであることはすぐにわかりました。
やがて三匹は川原を横切り向こう岸に渡り終えました。
向こう岸について三匹は藪の中に入っていきました。
見えなくなりそうになったとき兵十は思わず「ご〜ん!ご〜ん!」と叫びました。
「おれだよ〜、ご〜ん!」
少しの間藪をくぐっていて見えなくなっていたきつねたちはやがて山の背に出ました。
もう一度「ご〜ん」と叫ぶと一番後ろから少し遅れてたどり着いた親きつねが
とまって振り返りました。
・・・・・ごんはしばらく兵十のほうを向いている様でした。
「ご〜ん、お前なんだろ〜 ごんなんだろ〜 生きていたんだな〜ご〜ん!」
兵十は必死に叫びました。
「兵十、俺だよ、ごんだよ、怒ってなんていないよ、おまえも元気でな・・・」
そう思ってごんも見ていました。
「わるかったな〜、簡便してくれよな〜、ご〜ん聞こえるか〜!」
ごんは「ありがとう兵十」と思いました。
先頭の親きつねが歩き始めるとまた三匹そろって山の茂みに消えていきました。
「ご〜ん 元気でな〜」と最後に兵十が叫んだとき
もうきつね達は見えなくなっていました。
それは兵十がごんと会った最後の日でした。
また寒い冬がやってきてまた春になっても
もうごんを見かけることはありませんでした。
夕暮れの山道を降りながら兵十は思いました。「ごんありがとう」・・・と。



おわり